青森地方裁判所 昭和24年(行)17号 判決
原告 山崎己之松
被告 青森県農地委員会
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告が昭和二十四年四月三十日訴願人小笠原利春被訴願人東嶽村委員会間の同年訴願(小)第七号について爲した裁決はこれを取消す訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和十八年四月頃訴外小笠原利春に原告所有の青森県東津軽郡東嶽村大字宮田字高瀬六十九番田三反八畝二十歩を賃料は中等檢玄米八俵を毎年十二月三十一日納入することとし期間の定めなく賃貸したが昭和二十年十月下旬頃から同年十一月初旬頃迄の間に当事者合意の上右契約を解除し右土地の引渡を受けた。爾來原告はこれを占有耕作していたところ同訴外人は昭和二十三年二月何等正当な権原がないのに同所に立入り耕作に從事し原告の占有を侵奪したから原告は同訴外人を被告とし青森地方裁判所に立入り禁止及び耕作妨害禁止の訴訟を提起し目下該訴訟は進行中である。更に控訴人原告被控訴人同訴外人間の仙台高等裁判所昭和二十三年(ネ)第四九号仮処分異議控訴事件について昭和二十三年八月十八日同訴外人が同年度の右田地の作物收獲期終了後右田地に立入ることを禁ずる旨の仮処分の判決の言渡があり原告は昭和二十三年十月四日右仮処分の執行を実施し昭和二十四年度から右田地を耕作して現在に至つた。ところで同訴外人は昭和二十三年三月二十四日東嶽村農地委員会に從前通りの内容の賃借権回復の裁定を申請し同年四月二十日同農地委員会から右申請を不当として排斥されるやこれを不服とした同月二十三日被告に訴願を提起し被告は審理の末同年五月二十六日これを正当と認め原裁定を取消し同訴外人の爲右田地に賃借権を設定する旨の裁決をした。原告は被告の右裁決処分を違法として青森地方裁判所にその取消訴訟を提起し同裁判所昭和二十三年(行)第二六号事件として繋属中昭和二十四年一月十日同裁判所に於て被告の該裁決を取消す旨の判決言渡がありその判決は同年二月八日確定した。然るに同訴外人は前掲裁定申請と同一原因の下に再度東嶽村農地委員会に右田地に從前通りの内容の賃借権回復の裁定を申請し同年二月二十五日同委員会からその申請を不当として排斥されるやそれを不服として昭和二十四年三月八日被告に訴願を提起し被告は審理の末同年四月三十日この訴願を正当と認め原裁定を取消し同訴外人の爲右田地に從前通りの賃借権を設定する旨の裁決をした。しかし前叙のように青森地方裁判所に於て爲された前記被告の賃借権設定の裁決を取消す判決が確定したので右田地に対する同訴外人の賃借権回復裁定の申請を排斥した昭和二十三年四月二十日附東嶽農地委員会の裁定が確定したことになる。從つて同訴外人は同一原因の下に再度の裁定又は裁決を求めることは許されないのに拘らず前記のように更に賃借権回復裁定の申請を爲しそれに基き東嶽村農地委員会がこれを排斥したのに拘らず被告に於てこれを取消し前記のような賃借権設定の裁決をしたのは判決の既判力を無視し一事不再理の原則に戻る違法なものであるから被告の右裁決は当然取消さるべきものである。仮りにそうでないとしても前記賃貸借は昭和二十年十一月二十三日以前遅くとも同年十一月初旬までに原告と訴外小笠原利春とが合意解除し右田地は原告に引渡されていたものである。このことは昭和二十三年七月十六日前掲仙台高等裁判所昭和二十三年(ネ)第四九号事件の口頭弁論期日に同訴外人の訴訟代理人が該事実を肯認している点に徴して明白である。然るに被告はそうでないことを前掲として前叙のような裁決をしたのであるから右裁決は違法として取消されなければならない。
仮りにそうでないとしても被告の前掲裁決により前記訴外人に賃借権が設定されるならば原告については原告とその世帶員十一名内農耕專從者六名その農地の所有自作反別田七反五畝二十五歩畑六反八畝二十九歩となり世帶人員に比し耕作反別が著しく減少しその生活状態が極めてわるくなるのに反し同訴外人については同訴外人とその帶世員四名内農耕專從者二名その農地の所有自作反別田一反二畝九歩畑六畝二十歩賃借による小作反別田三反二畝十四歩同畑開墾一反七畝にしてその同居者弟は大工職にして相当の收入を納め同訴外人は農耕以外に木炭製産を副業とし加配米の外特殊物資の配給を受け莫大の收益を得て極めて裕福であるのに本件田地三反八畝二十歩を耕作することになればその生活状態は一段とよくなり両者の生活状態は右賃借権設定により一層顯著な懸隔を生じ原告の生活状態は同訴外人に較べて著しくわるくなるから被告の前掲裁決は違法である。
仮りにそうでないとしても原告は昭和十九年度より右田地に隣接する同所六十八番田三反二畝を耕作しているが同所は本件田地よりも高台になつておりその引水口が同一であるので本件田地の耕作者が引水を適当に調節しないと右隣接田地は渇水時に用水涸渇の危險に陷るおそれがある。然るに前記訴外人は我田引水にとらわれる性癖を有するから原告は同訴外人が本件田地を耕作していた昭和二十三年度には右隣接田地の所有者訴外東末吉に懇請しその所有田地に附属する用水堰から樋を架設しようやくその灌漑を充たしたのである。從つて本件田地を同訴外人に於て耕作すると原告の右耕作に支障を來し農産物の増收に惡影響を及ぼしその耕作者としての地位及び農業生産力の維持増進を計る爲に重大な支障を來すから被告の爲した前掲賃借権設定の裁決は違法である。
仮りにそうでないとしても前記訴外人は昭和二十三年四月中本件田地を原告より不法に奪取して耕作した許りでなく前掲仙台高等裁判所の同訴外人の立入禁止を命じた仮処分判決の執行後に於てもそれを無視し昭和二十四年四月上旬密に本件田地に肥料を搬入し更に同年三月中居村々長宛昭和二十四年度の耕作反別申告に当り右立入禁止になつている本件田地を賃借による小作地として耕作反別に計上して申告した。更に本件田地に関する訴訟に於ては虚構の事実を主張し同訴外人の母小笠原りんを教唆して同訴訟の証人として僞証を爲さしめているものである。前記訴外人の以上の行爲は一面各刑罰に触れる行爲であると共に他面信義の原則に反する行爲である。從つてこのような行爲を敢てする同訴外人の本件賃借権回復裁定の申請は信義に反する違法なものであるから被告の前掲賃借権設定の裁決も亦違法として取消されるべきものである。よつて被告の前掲裁決の取消を求める爲本訴に及ぶと述べ被告の原告が本件田地を合意解除して引渡を受けるに際し地元農地委員会に通知を怠り或はその承認を受けなかつたからその解除は無效であるとの仮定抗弁に対してはこれを否認し仮りにその通知を怠りその承認を受けなかつたとしても現行農地調整法第九条第三項第五項の規定は昭和二十一年十月改正され同年十一月二十二日から施行されたもので本件田地に関する合意解除が成立しその返還を受けた昭和二十年当時に於てはかかる制限規定が存在しなかつたから被告の右抗弁は理由がないと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張の事実のうち原告と訴外小笠原利春との間にその主張のような農地賃貸借が成立し同訴外人がその主張の田地を耕作して來たこと原告が昭和二十一年度以降の限度に於て右田地を耕作していること、原告主張のような訴訟が目下繋属中であること、その主張の日その主張のような仮処分の判決がありその主張のように執行されたこと、同訴外人が東嶽村農地委員会にその主張のような賃借権回復裁定の申請を爲しその棄却の裁定があり更に訴願がなされ被告に於て原告主張のような裁決を爲し原告が青森地方裁判所にその主張のような訴訟を提起しそのような判決が言渡され確定したこと、同訴外人が更に東嶽村農地委員会に賃借権回復裁定の申請を爲しその棄却の裁定があり、訴願がなされ被告に於て原告主張のような裁決をしたこと、原告が本件田地に隣接する同所六十八番田三反二畝を耕作していることは何れもこれを認めるがその他の事実は総べてこれを爭う。最初の東嶽村農地委員会の賃借権回復裁定の申請に関する裁定はその前提手続である同訴外人の協議を求める申請及びそれに対する農地委員会の承認の手続を欠如し違法のものであつたから同農地委員会は新に同訴外人の協議申請に基き昭和二十四年二月六日会議を開いた結果承認の決議を爲し同訴外人から原告に対し前記田地につき賃貸借契約を締結することに関し協議を求めたが原告から拒絶され協議をすることができなかつた爲同訴外人から前掲裁定を申請し同委員会に於てその棄却の裁定が爲され訴願、被告の裁決と進展したもので何等違法な裁定裁決ではない。本件土地は前記訴外人が昭和二十年度收獲終了後もこれに手入し肥料を施し翌二十一年度の耕作に備えていたのに原告が本件土地を返還すれば同所十一番の一、十二番の二、三等田五反を耕作させる旨同訴外人を欺き且地主である威力と原告の長男が村收入役に就任している勢威とを利用して強迫的に昭和二十年十二月末頃これを同訴外人から不法に取上げたものである。仮りに原告主張のような合意解除があつたとしても村農地委員会にその通知もなさず且同委員会の承認も得ていないものであるからその解除は效力がないものである。
又原告と前記訴外人との生活状態を比較すれば原告は田一町一反四畝十二歩、畑六反八畝二十九歩を耕作し外に開墾適地一町五反宅地並に広壯な家屋を有しその長男は多年村收入役の要職に就任し生活は安定し却つて耕地が人員に比し多い爲その処置に窮し昭和二十一年その耕作田五反一畝二十七歩を訴外今徳治に賃貸耕作されているのに反し訴外小笠原利春は僅に田四反畑(家屋敷地を含めて)六畝二十歩の耕作にすぎない上稼動人員四名にして耕地の極めて少いこと明白であり、本件田地を原告に於て耕作することになれば同訴外人の生活は著しく困窮するものである。從つて被告の前掲裁決は洵に正当にして何等その点に関して違法は存しない。
又本件田地に隣接して原告の耕作している同所五十八番田は本件田地の水上に位置している上に同所は極めて水利の便がよく水の豊富な場所であるから本件田地を同訴外人に於て耕作するも右原告耕作田地の灌漑に何等の惡影響を及ぼさない。從つて右に反する原告の主張は失当である。
更に本件田地は前記訴外人に於て原告の前々所有者佐藤春吉時代から約二十年近くも賃借耕作し爾來暗渠を施設し苗代の位置を適正にし堰の手入を加え右土地に入念な手入を施しその管理の適正を極め且賃借当初から小作料を延滯したこともなく昭和二十年の大凶作時に於ても小作米四俵三斗を納入し信義に則り誠実にその債務を履行して來たものである。これに反し原告は昭和十八年本件田地を買受けその所有者となるや数年を経ないうちに本件田地を不当に取上げたものでその所爲は正に信義に反するものである。從つて被告の前掲裁決は右何れの点から檢討するも洵に正当にして何等の違法も存しないから原告の本訴請求は失当であると述べた。
(立証省略)
三、理 由
訴外小笠原利春が昭和二十三年二月二十四日原告主張の田地につき東嶽村農地委員会に対しその主張のような賃借権回復裁定の申請を爲し同委員会からこれを棄却する裁定が爲されこれに対し被告に訴願がなされ、被告から原告主張のような裁決がなされ原告が当裁判所に対しその主張のような訴訟を提起しその主張の日その主張のような判決言渡がありその判決が確定したこと、同訴外人が更に前記農地委員会にその主張のような賃借権回復裁定の申請を爲しその主張の日棄却の裁定がありこれに対しその主張の日被告に訴願が爲され被告からその主張の日その主張のような裁決が爲されたことは当事者間に爭がない。
原告は前掲判決により被告が前記訴外人に賃借権回復設定を爲した裁決が取消され東嶽村農地委員会がさきに爲した同訴外人の申請を棄却した裁定が確定したことになるから更に同一原因の下に再度の裁定又は裁決を求めることは許されないと主張するので按ずるに、成立に爭いのない甲第四号証、乙第一号証第二号証の各記載を綜合して考察すれば昭和二十三年四月二十日東嶽村農地委員会が爲した前記裁定は前記訴外人からその先行手続である賃借権回復の協議を求める申請がなかつた爲この協議を行わず且それに関する承認の処分が爲されていなかつたことが認められるので前記裁定には手続上の違法が存するものと言わなければならない。尤も甲第三号証の一の判決理由中には右認定に反する推認がなされてあるが右の存在も前記認定の妨げとなるものではない。
他に右認定を左右するに足る証拠が存しない。
而して成立に爭いのない甲第十号証の一の記載によると前記訴外人はその後前記農地委員会に賃借権回復の協議申請を爲し同委員会に於て昭和二十四年二月六日承認の決議が爲されたが原告が協議を拒否した爲協議ができなかつたこと、そこで同訴外人は前記のように昭和二十四年二月二十三日同委員会に賃借権回復裁定の申請を爲したことが認められる。從つて同訴外人の再度の賃借権回復裁定の申請は初めの申請が先行手続である同委員会の協議に関する申請及びその承認を欠いた違法のものであつたのでその欠如の分を補充して爲された正当なものと認められるので初めの申請と同一事情のものと認め難い。よつて再度の申請が初の申請と同一事情の下に爲されたことを前提としてその違法を主張する原告の主張は失当として排斥する。
のみならず外形上前掲当裁判所の被告の裁決を取消した判決確定により東嶽村農地委員会の同訴外人の賃借権回復裁定の申請を棄却した裁定が確定したように見受けられるけれども前記甲第三号証の一を仔細に檢討すれば前記判決は被告の裁決には手続上の違法があるとしてその裁決を取消したものであることが認められるから被告に於て同判決に指摘された手続上の欠陷を補足し改めて正当な手続を履践したのち再度同様の裁決を爲すも何等同判決の覊束力を害するものではない許りでなく前記判決により外形上確定したと見える東嶽村農地委員会の前記裁定も実質上は積極的に権利関係を設定乃至変更、取消した行政処分ではなく單に同訴外人の申請を棄却した行政処分にすぎないものであるから右判決により原告乃至は同訴外人の権利関係に何等の覊束力を生じていないものと解されるから同訴外人から再度同様の申請を爲しこれに基き前記農地委員会乃至は被告が正当な手続を履践して前同様の裁定乃至は裁決を爲すも右判決の覊束力を害するものでないと解するを相当とする。
右の見解に反する原告の主張は原告独自の專断にして当裁判所はこれを採用しない。
次に原告は本件田地がおそくも昭和二十年十一月上旬までに前記訴外人と合意解除し昭和二十年十一月二十三日当時原告に於て占有耕作していたから同訴外人の賃借権回復裁定の申請は違法であると主張するので按ずるに
前記田地が原告の所有で原告主張のような内容で前記訴外人が賃借し昭和二十年度の稻作收獲終るまで耕作していたこと、昭和二十一年度以降(但し昭和二十三年度分を除く)原告が右田地を耕作していることは当事者間に爭いがなく右事実に成立に爭いのない甲第五号証の三〔(証人山崎さとの調書)の一部〕同第九号証の五〔(証人小笠原りんの調書)の一部〕同鹿内富作の証言を綜合すると訴外小笠原利春は約二十年前に前記六十九番田三反八畝二十歩を当時の所有者訴外佐藤春吉から賃借しその後これを訴外渡辺末吉が買受け更に昭和十八年四月原告がこれを買受けたが右利春は引続き小作料四斗入玄米八俵毎年末納入することとし期限の定めなく賃借して來たが、昭和十九年四月頃に右利春は右田地を返し度いと言つて來たがその当時は既に苗代の種子蒔をしなければならない時期であつたのに原告の方ではその準備もなかつたので昭和十九年度だけは同訴外人の方で耕作して貰いたいと頼み同訴外人もそれを承諾して同年度分は同訴外人の方で耕作したが同年度の耕作が終つた後も原告から強いて返地を求めず、又同訴外人の方でも返地するといわず、そのまま昭和二十年度も同訴外人に於て耕作したのであるが、原告は右田地に隣接する自作の田地に対する灌漑の上からも右六十九番田を併せて耕作することが多少便宜であると考えられる事情もあつたので昭和二十年の秋稻刈りの終つた頃同訴外人に対し昭和二十一年度から原告に於て自作したいから右田地を返して貰いたい、もし同訴外人の方で耕地が足りないなら替り田として別の田地を貸してもよいと申入れたところ同訴外人の方では右替り田は耕作しても利益のうすい田であるよう聞いていると言つて即座に右田地を返そうと言わなかつたが、その後昭和二十年十二月頃同訴外人の方から小作料として未檢査米三俵を持つて來て小作料はこれだけである今後は右田地を耕作しない旨申出て別段替り田を借してくれとも要求しなかつたのでその後原告は替り田として予定していた田地を訴外今徳治に賃貸し一方前記六十九番田地を昭和二十一年、昭和二十二年と引続き自作して來たものであることが認められる。
甲第五号証の三、同第九号証の五の各記載部分(但し前認定に沿う部分を除く)証人小笠原りんの証言部分中右認定に牴触する部分は信用できない。尤も前記甲第五号証の三、証人小笠原りん(前記信用しない部分を除き)同神秀嶽同板垣孝之助の各証言を綜合すると前記小笠原利春の方では前記のように原告から前記賃借りした田地を返えして貰いたいと申入れられた時多少困惑したことおよび右田地を原告に返へすと言つて來た後近隣の比較的法律に明るいと思われる者から長年賃借りしていた田地は返えさなくともよいものだと聞かされ、せめては原告が貸すと言つていた替り田を作らせて呉れと頼んだがその時は既に前記のように他え貸して仕舞つた後であつた爲断られたことその爲同訴外人及びその家族が再度前記田地を耕作したい気持になつてその対策に苦心したことは推認できるがその事実は何等右認定の妨げとはならない。
又成立に爭いのない甲第五号証の一の記載によると原告前記訴外小笠原利春間の仙台高等裁判所昭和二十三年(ネ)第四十九号仮処分異議控訴事件の昭和二十三年七月十六日附口頭弁論調書中に同訴外人の訴訟代理人が昭和二十年十月頃原告所有の大字宮田字高瀬十一番の二田一畝二歩外二筆合計田五反一畝二十七歩を前記田地と交換小作させて貰う条件で前記田地を原告に返還することを承諾したのであるが結局原告に於て右交換の田地を貸してくれなかつたので返還しなかつたに拘らず昭和二十一年度同二十二年度は原告の方で前記田地を耕作した旨の記載があり一見すると同訴外人の代理人が昭和二十年十月頃前記田地を原告と合意解除したよう陳述した如くに見受けられるが尚仔細に檢討すれば同訴外人の代理人は同訴外人が前記田地を他の田地と交換する条件で返還を承諾したが原告に於て他の替り田地を貸してくれなかつたので返還せず合意解除が成立しなかつたと陳述していると解するのが相当と思料されるから右甲第五号証の一の右記載も前記認定の妨げとはならない。
他に右認定を左右するに足る証拠がない。
從つて前記小笠原利春が原告と合意解除して前記田地を原告に返還したのは昭和二十年十二月頃であるから昭和二十年十一月二十三日現在に於ては前記田地はなを同訴外人が賃借していたものと言わなければならない。よつてそうでないことを前提として原告が同訴外人に右田地につき賃借権回復裁定の申請の権限がないと主張するのは右合意解除をするに当り地元農地委員会に対する通知乃至はその承認を得たかどうかに関する爭点の判断をするまでもなく失当として排斥する。
次に原告は前記田地を訴外小笠原利春に賃借権回復設定を爲せば原告の生活状態が同訴外人に較べて著しく惡くなると主張するので考えてみるに成立に爭いのない甲第六号証の一、二の各記載に証人山崎君雄の証言を綜合すると原告方では昭和二十三年度に於ては世帶人員は原告外十一名にして農業專從者はさと(六十四才)よね(三十六才)金次郎(二十八才)たへ(二十五才)喜代一(二十五才)百合(二十二才)俊雄(十七才)の七名にして(原告は六十八才にして老齢であるから農業專從者とは推認できない)自作反別は田七反五畝二十五歩(前記六十九番田三反八畝二十歩を除く)畑六反八畝二十九歩で外に貸付反別九反二畝九歩(前記六十九番田三反八畝二十歩を除く)にして原告の長男君雄は地元役場の收入役として勤務していることが推認される。尤も原告は農業專從者は六名と主張しているが右推認の妨げとならない。他方成立に爭いのない甲第七号証の一、二の各記載によれば前記小笠原利春方では昭和二十三年度に於ては世帶人員は同訴外人外四名にしてしかも農業專從者は同訴外人(四十才)りん(六十一才)しげ(三十二才)米作(二十二才)の四名にして田自作反別一反二畝九歩小作反別三反二畝十四歩(前記六十九番田を除く)畑自作反別六畝二十歩開墾反別一反七畝であることが推認される。而して前記六十九番田三反八畝二十歩を前記小笠原利春に於て耕作するものとして原告方とのその一人当りの耕作反別を比較するならば原告方に於ては耕地合計一町四反四畝二十四歩にして農業專從者七名、一人当り耕地二反二十歩強となり前記小笠原方に於ては開墾畑は特別の事情ない限り労多くして收獲少いことが顯著であるのでこれを除外して考察すると耕地合計九反三歩にして農業專從者四名一人当り二反二畝十五歩強となり、原告方より右小笠原方では一人当り一畝二十五歩多く耕作することになる。然るに前記六十九番田三反八畝二十歩を原告方に於て耕作するとすれば原告方に於ては耕地合計一町八反三畝十四歩一人当り二反六畝六歩強となり前記小笠原方では耕地合計五反一畝十三歩一人当り一反二畝二十八歩強となり原告方では右小笠原方より一人当り一反三畝八歩多いことになる。從つて前記六十九番田三反八畝二十歩を右小笠原方が耕作すれば同人方の一人当りの耕地は原告方の一人当りの耕地より僅に一畝二十五歩強多くなるのに反しこれを原告方に於て耕作すれば右小笠原方の一人当りの耕地は原告方の一人当りの耕地より一反三畝八歩強少くなりその差が著しいこと明白である。なを原告方には前認定のように長男が地元役場の收入役として勤務していることから相当の收入を得ていることが推認できる上前記のように貸付反別一町三反二十歩(前記六十九番田を含む)を有することを考慮するならば右六十九番田三反八畝二十歩を右小笠原に賃貸するも同訴外人に較べて原告の生活状態が著しく惡くなるものとは認め難い。尤証人鹿内富作の証言により前記小笠原利春は炭燒を爲していることは推認できるのでそれによる收入も多少存することは窺知しうるが同訴外人の耕地の大部分が小作地であることを考えあわせるならば右のような事実があつても前認定の妨げとはならないものと解する。
從つて原告が右認定に反する見解を以て被告の爲した裁決の違法を主張するのは失当として排斥を免れない。
次に原告が前記六十九番田に隣接して田地を耕作しているので前記六十九番田を原告に於て耕作しなければその隣接地の灌漑に惡影響を及ぼしその收獲に重大な支障を与える旨主張するので考察するに
原告が前記六十九番田に隣接する同所六十八番田三反二畝を耕作していることは当事者間に爭なく、その事実に前掲認定の事実により明な原告が右六十九番田に隣接する自作の田地に対する灌漑の上からも右六十九番田を併せて耕作することが多少便宜である事実、成立に爭いのない甲第八号証の記載により認められる右六十九番田の南側に接して同所六十八番田があり更にその南側に七十番田が相接しており右田地を貫通する用水堰は巾約一尺にして引水口は一ケ所よりなく昭和二十三年十月二十三日頃右六十九番田には隣接せる六十六番田より樋を架設して灌漑を爲していた事実右六十八番田は右用水堰に近いほど高台になつている事実を綜合して考察すると右六十九番田に隣接している同所六十八番田は右六十九番田の引水口と同一でありしかもその用水堰に近いほど高くなつておりその用水堰は巾約一尺であるから旱魃時の引水には多少不便であること、右六十八番田と六十九番田とを同一人が耕作すれば右六十八番の灌漑には多少便宜であることが認められる。右認定に抵触する証人小笠原りんの証言部分はたやすく信用しがたい。然し前記小笠原利春に於て右六十九番田を耕作すれば原告自作の右六十八番田の灌漑に惡影響を及ぼしその收獲に重大な支障を与えることを認めるに足る資料は存しない。却つて証人小笠原りん(前記信用しない部分を除く)同今嘉吉の証言を綜合すると前記小笠原利春が右六十九番田を約二十年近くも賃借耕作して來たが右六十八番田の耕作者からその田地に対する引水のことに関し右小笠原に対し何等の苦情も申し立てて來たことがないことを推認しうるので將來右小笠原利春に於て右六十九番を耕作するも原告が右六十八番田を耕作しその灌漑を爲すに左程惡影響を及ぼさないものと推測されるのみならず田地の引水使用には旱魃時に於てはその水口乃至は上流の田地の耕作者と雖も自己の田地にのみ独占使用することが許されるものではなく特別の事情のない限りはその田地の面積に応じ信義の原則に從つて爲されるべきものであると解されるから仮りに前記小笠原利春に於て右六十九番田を耕作した際原告主張のように我田引水にのみ專念し原告耕作の六十八番田の引水の妨害となるような行動に出た場合があるとしてもその際に於て別途の方法を構じてその妨害行爲を排除するのが相当と思料するので原告の前掲主張も理由ないものとして採用しない。更に原告は訴外小笠原利春の賃借権回復裁定の申請が信義に反すると主張するので考察してみるに原告、訴外小笠原利春間の仙台高等裁判所昭和二十三年(ネ)第四九号仮処分異議控訴事件について昭和二十三年八月十八日前記訴外人が同年度の前記田地の作物收獲期終了後右田地に立入ることを禁ずる旨の仮処分の判決言渡があり原告は昭和二十三年十月四日右仮処分の執行を実施したことは当事者間に爭いなく右事実に前記証人山崎君雄の証言を綜合すると前記小笠原利春方で右仮処分実施後に於て昭和二十四年度の耕作反別を申告屆出に際し前記六十九番田三反八畝二十歩を自己の耕作地として申告したこと、昭和二十四年三月頃前記六十九番田に肥料を搬入したことを推認しうるのであるが同証言により右小笠原利春に於て右申告を取消したこと、及び右肥料の搬入も右利春の留守中その家族の者が爲したものであり、原告から注意されてそれを除却したことも推認でき且特に同訴外人が原告の右六十九番田の耕作の妨害を意企して前記行爲に出たものと認むべき資料もなく右の事実は同訴外人が再度の賃借権回復裁定の申請後のものであると推認できるので右事実の存在を以て直に右申請が信義に反するものとは解し難い。
尤も前掲認定の各事実及び当事者間に爭いのないところの原告から前記小笠原利春を被告とし当裁判所に前記六十九番田に立入り禁止及び耕作妨害禁止の訴訟が提起され目下繋属中の事実を綜合すると前記小笠原利春は昭和二十三年二月頃原告に対し今度規則が変つたので自分の方で作ると言つて前記六十九番田に肥料の搬入等を行い同年度の耕作を爲すに至つたことは推認できるが右事実に前記証人小笠原りん(前掲信用しない部分を除く)同今秀嶽、同今楯衞、同板垣孝之助の各証言を綜合すると前記小笠原利春は右六十九番田を約二十年近く賃借耕作しその間小作料を延滯したこともなく(不作の時には減額して貰つたことは認めうるが)納入しその間田地の手入れに專念し苗代を適正に改良し堰の手入れも十分にして來たが昭和十八年四月右田地の所有者になつたに過ぎない原告から昭和二十年秋に至つてその田地の返還方を要求されそれを承諾して返還の者その他農地関係の法律に明るいと思われる人から長年賃借りしていた田地は返えさなくともよい規則ができたと聞かされたり、地主から無理に取上げられた田地は取り返えして耕作できる旨聞かされた後一且合意解除した前記田地についても同訴外人に於て耕作する権利があると軽信するに至つて前記のように昭和二十三年二月頃右田地に肥料を搬入し同年度から耕作をするに至つたものと推認されるので前掲のような事実の存在も同訴外人において爲した農地調整法附則第三条第一項の承認の申請が信義に反するものとは認め難い。
他に同訴外人に信義に反する行爲があつたと認めるに足る資料はない。
從つて右に牴触する原告の主張は理由なしとして採用しない。
而して前叙の外被告が爲した前掲裁決に取消されるべき違法が存在するとの主張立証がないので被告の右裁決は正当なものと言わねばならない。よつて原告の本訴請求はその理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 工藤健作 高沢新七 中沢日出国)